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長期兵糧攻めによる難治性膵臓がんの克服
~長時間生体内で安定に酵素を働かせる新型ナノマシンの開発 ~
「立体的な安定性に依存しない透明マントが、製剤の飢餓療法を可能にする」 と題する論文が、11/1(日本時間)、Nature Biomedical Engineering (IF 26.6) に 掲載されました。これは、元・iCONM研究員の Junjie Li 博士(現・九州大学特任准教授)が中心になって進めた研究成果で、九州大学、東京科学大学、東京大学の研究成果としてまとめたものです。
https://doi.org/10.1038/s41551-025-01534-1
医薬品は静脈注射後、血流に乗って患部へ運ばれ効果を示します。しかしながら、その多くは腎臓から尿中へ、あるいは肝臓から胆汁中へ消失し、または代謝により化学構造が変化するために、実際に作用する量は限定的です。ナノ医療は、そういった従来の薬物療法の効率を改善する目的で、数十ナノメートルのサイズの担体(ナノミセル/ナノマシン)に薬剤を内包し、より多くの量の薬剤が患部に集中して届くようにしたものです。しかし、そのナノマシンも生体から異物として認識されてしまうと免疫細胞の攻撃を受けて破壊されてしまいます。そのため、ナノマシンを生体内にできるだけ長く留めるためには、厳しい免疫監視システムから逃れる透明化技術が必要となります。例えば、ポリエチレングリコール(PEG)で外側を覆うステルスマント(透明マント)は広く利用されています。しかしながら、「飢餓療法」として、がん細胞の生育に不可欠ながんにとっての栄養素を枯渇させるような療法にナノ医療を応用するためには、より長い生体内半減期を持つナノマシンを開発する必要があります。本論文では、ナノマシンの構成ユニットとなるブロックポリマーにおいて、ポリカチオンとポリアニオンからなるイオンペア・ネットワークを介して達成されたステルス効果について報告しました。構成ポリイオン間の架橋を特定の閾値を超えて増加させることで、タンパク質の吸着とマクロファージの取り込みを減少させ、半減期が100時間を超える体内循環を可能にすることを示しました。これを基に、がん細胞の生育に必須となるL-アスパラギンを分解するアスパラギナーゼを搭載したナノマシンを、イオンペア・ネットワークでステルス化してがん組織の兵糧攻めを試みました。体内循環における半減期が延びたことで、持続的なアスパラギン飢餓が引き起こされ、転移性乳がんおよび膵臓がんに対する治療結果が改善されました。これらの発見は、安定した分子間構造を精巧に設計することで、治療を目的とした薬物送達のためのナノ材料の薬物動態を改善する新たな道を開くと期待されます。
また、膵臓がん治療でしばしば問題となるがん微小環境における間質のバリアは、持続的なアスパラギン飢餓により構造が緩み、免疫細胞の侵襲が可能となることもわかりました。その結果、免疫チェックポイント阻害剤との併用療法が可能となりました。
なぜ間質が緩むかは、現在、精査中ですが、大変興味深い知見となりました。
Nature の公式ブログに、Behind the Paper(論文の裏話)が掲載されています。
From PEG to ion-pair network: the “magic crosslinking” behind a steric stabilization-independent stealth cloak | Research Communities by Springer Nature
その邦訳も以下に作成しましたのでご参照ください。
https://iconm.kawasaki-net.ne.jp/pdf/magical_crosslink.pdf






